• 博報堂 統合プラニング局
    コピーライター
    2013年入社

  • 博報堂 クリエイティブ局
    デザイナー
    2013年入社

クリエイティブ=個性的?自称「普通」のコピーライター安慶田と、「普通」を愛する野田。
そんな二人が海外コンペで得たものは、等身大の自分たちでいることへの自信だった。

海外コンペで栄光を勝ち取ること。それが若手クリエイターの二人に与えられたミッションだった。クリエイターの登竜門として知られる“アドフェス”こと『ADFEST(アジア太平洋広告祭)2017』のヤング・ロータス・クリエイティブ・ワークショップに挑戦した二人。しかしその勝負は、二人にとって互いの弱みを突きつけられる、苦しい闘いだった。

安慶田 「海外コンペティションって、僕ら若手にとっては登竜門。みんな挑戦しています。その中でもアドフェスのヤング・ロータス・クリエイティブ・ワークショップの出場には28歳以下という年齢制限があるので、それまでに一度でいいから日本代表として行きたかったんです。たしか、僕からノダサヨ(野田紗代)を誘ったんだよね。一緒にコンペ組もうって」

野田 「そうだったかな。海外コンペって、デザイナーからすると英語ができる人と一緒に組まないとできないから。私は英語苦手なんですけれど、安慶田は英語ペラペラなので、頼りになると思っていました。安慶田なら、一緒にやってもいいかな、と」

安慶田 「でも英語以外の部分は、互いにどっちがどっちという役割分担もなく、最初から二人でああでもない、こうでもない、と議論できたのは楽しかったですね。僕はこれまでも海外コンペでは、だいたい同期同士で組んできました。同期だと、互いに言いたいことが言い合えるのがいいんです」

野田 「そうだね。同期だから遠慮しなくていいし、ダメだと思ったら『これ、全然面白くないんじゃない』と言える」

安慶田 「ノダサヨは厳しくて、僕がふわふわっとしたことを言うと『全然ダメ!』と突っ返してくるんです(笑)」

野田 「あのときは本当に苦しくて真剣勝負だったから。現地では課題が出されてから24時間以内にまとめて、翌日提出しなければならなかったんです。本当にこれでいいのか、ギリギリまで粘っていました」

安慶田 「タイのパタヤのホテルで、もう缶詰状態」

野田 「『これ絶対無理』と落ち込んだり『うまくいく!』と張り切ったり、ジェットコースターのようでした。ホテルの一室でぎりぎりまで考え抜いて最後の最後、提出の直前に『これに決めよう!』と決心しました」

安慶田 「プレゼンでは500人くらいの聴衆を前に発表します。そこでみんなの共感をつかむことができれば勝てる、と信じました。資料を提出してからは、二人でプレゼンを死ぬほど練習しました。ホテルの空いている部屋を見つけて忍び込んで、『ここ、ここだ!』と演技指導したり。もともとテンションが高い方ではないんですが、その時は芸人になったようなつもりでパフォーマンスしていました。ちょうどその頃、映画『ラ・ラ・ランド』が流行っていたんですが、その曲をかけて歌って、踊って、もう30、40回くらい練習して。あれは本当に楽しかった」

野田 「もちろんプレゼンはすべて英語。基本的には安慶田が話して、私はただノリで相づちやかけ声をかける役割でした。ハローエブリワン!とか」

安慶田 「相づちがもう、完璧でした(笑)」

野田 「きっと会場から観たら、英語が下手な子がなんか頑張ってしゃべっているという感じだったと思います。それで笑いをとる、みたいな。ここで本当に盛り上げたい、というところでは、会場みんなが笑ってくれたのが嬉しかったですね。その時に、私たちが作ったものが、世界のみんなを笑わせたり、ハッピーにすることもできるんだな、伝わるんだな、ということを感じましたね」

海外コンペティションでの勝利は、その後二人をどう変えたのか?そこには大きな壁を乗り越えたからこそ見えた、変化があった。

野田 「アドフェスでの経験は自信につながりました。それによってお互い、この一年、仕事が増えていったのは大きな変化です。もともと、二人とも自信がものすごくないタイプで、どちらかというと同期の中でも地味でフツウだと思っていましたから。でもだからこそ努力しなくちゃいけない。アドフェスに行く前にも過去問題をいろいろ調べて予習していたんです。安慶田も勉強熱心だから、あの缶詰状態の中にあっても『過去の何年のカンヌ入賞作でこういうのがあった』とかスラっと出てくるんです。二人とも、そういう努力を続けてきたからこそ優勝できたのかなと思います」

安慶田 「僕らの同期は派手で凄いやつもたくさんいます。学生時代にすでに起業していたとか、とにかく話が上手いとか。この中で僕は普通すぎて生きていけないな、と思っていました」

野田 「本当に真面目だよね。同期の中でもコピーライター養成講座にわざわざ行ったのは安慶田だけだもん」

安慶田 「美大卒の同期たちはすでに学生時代にいろいろ経験を積んできたけど、僕の場合、4年制大学の英文学科を卒業して、コピーライターという仕事も就活のときに初めて知りました。会社でもみんなから素直で普通と思われていたし。そんな自分が嫌で、いかにも“クリエイティブ”という感じの黒ブチ眼鏡をかけて長髪にしていました」

野田 「外見で、ザ・クリエイティブ!って感じでしたね。でも、アドフェス後は眼鏡を外してかけなくなったんですよ。眼鏡で見た目を繕っていた人が、眼鏡かけなくても大丈夫になったって。すごい話だよね、気づいてなかったでしょ?」

安慶田 「そういえばもう、眼鏡かけたいと思わないですね」

野田 「学生の中には、個性的でいなきゃとついつい背伸びしてしまう子もいると思うんですけれど、普通でいいんだよ、大丈夫って伝えたいですね。眼鏡をとった安慶田のことも見せてあげたいです。私は普通こそ、素晴らしいと思っています。広告を見ている人の多くは普通の人だし、私たちは、その人たちの心を動かしたいんだ、ようやくそこに気づけました」

安慶田 「天才にも憧れるけどね。僕はアドフェスの後は、海外から呼ばれるようにもなりました。クライアントのニューヨークオフィスに3カ月出向したり。海外コンペは毎年ありますしね。英語を活かしたいとは思っていましたけれど、クリエイティブの世界で、こうして海外と接点を持てているのは、僕にとって良い選択だったかなと思いますし、これから就活する人にも、こういう道もあるという事をぜひ知ってもらいたいですね」

  • 01 ヤング・ロータス受賞の瞬間の博報堂チーム

  • 02 安慶田、最後の眼鏡姿…??