• 博報堂 営業局
    アカウントディレクター
    2005年入社

  • 博報堂 営業局
    アカウントディレクター
    2001年入社

彼らには、国境も、会社の壁もない。世界に飛び出し、ときには相手のフィールドに乗り込み、全力で何かを成し遂げる。
それが営業という名の、ビジネスプロデューサーだ。中村旭宏、豊福康友の二人は、会社の未来を創り出すため自ら動き続ける。

営業(アカウントプロデュース職)の仕事を、甘くみてはいけない。この二人に出会うと、これまでの常識が覆される。博報堂における営業とは、チーム全体を導くプロデューサーなのだ。入社以来、日本だけでなく海外においてもビジネスを経験してきた二人は、プロデューサーとして仕事の本質を問い続ける。

中村は、入社当時、営業局に配属されるも人材育成制度の一環で、1年間ストラテジックプラニング局へ留学し、そこからキャリアをスタートした。その後、自動車会社のグローバル営業となる。バンコク、北京、シンガポール、広州と、アジアの国々で仕事をしてきた。帰国後は通信会社の担当として、時にはクライアント先に身を置き事業会社側の立場も経験してきた。

一方、豊福も中村と同じ通信会社を担当し、海外業務に携わったのち、上海支社に駐在。主に現地の日系企業のグローバル展開に関わってきた。

中村 「豊福とは、もともと仕事のチームでも、博報堂サッカー部としても一緒でしたが、いつも二人で『もっと俺たちやらなきゃいけないことがある、それをやろうぜ!』と話していました」

豊福 「広告というと一般的には、“この15秒で何を語るか?”というクリエイティブな世界と思われがちだけど、それは僕たちがやりたいこととは少し違うんです」

中村 「自分たちがやるべきことは、いかに企業価値を上げるかということ。ブランディングとか付加価値の部分ではなく、もっと本質的な部分に目を向けています。僕らが行くのは、クライアントの宣伝部だけではなく事業部。得意先のビジネス自体を司る人たちが相手になります。広告宣伝といった一領域ではなく、どのような事業を展開するのか、そこに生活者をどのように巻き込んでいくのかという企業全体の問いに対し、広告会社だからこそ、求められることが沢山あります。本気で、命をかけてビジネスをやっているクライアントに対して、僕たちも真剣勝負です。私自身、クライアントに席を置くという経験をしましたが、それくらいコミットしないとビジネスにはなりません」

中村 「海外ではいろいろな経験をしました。豊福との経験で印象深いのは、ベトナムで開催された通信業界の展示会イベント業務。北京から会場設備の部材を船便で運んだのですが、台風で船が着かなかった。これはもうベトナムの現地スタッフにお願いしてつくるしかないと。しかし急遽作業を始めたら日本では考えられないクオリティといいますか、円柱にすべきところが八角柱になったり、かえって仕事が増えてしまう始末で」

豊福 「しかも開催前日の夕方ですよ。もうこうなったら、俺たちがやるしかない!って」

中村 「そこからが大変でした。ネジが入らない、どうしようっていう時に、隣のブースから電動ドリルを借りてきて自分で作業したんです。これはもう、できる奴、やれる奴が率先してやるんだ、と。よくサッカーしながら言っているんですけれど、ピッチに出た時は、一番パフォーマンスを発揮できる奴がエラい。そこに会社としての上下関係や、先輩後輩の関係は必要ありません」

豊福 「会場は40℃の灼熱地獄。僕らはシャツを脱いで15mくらいの作業場に上がって、ガラスを拭いていました。危ないぞ、とか言いながら。でも、クライアントの役員がくるまでにキレイにしたい。ギリギリまで作業して、役員がくる時には僕らもスーツを着て涼しい顔をして……」

中村 「おはようございます、よろしくお願いします、ってね(笑)。営業ってこの達成感が醍醐味なのだと感じています。一番大事なのは実現する力。企画は誰でもできる、でもそれをなんとか実現させることが難しい。諦めるのは簡単ですが、やり遂げるのは私たち営業の意志です。自分で考えて、動いて、実現していく力が博報堂の営業の一番の強みだと思っています」

豊福 「それがビジネスプロデューサー。商社にも近いけど、主に商社は見えているものを動かしているイメージがある。でも博報堂のプロデューサーというのは、本当に抽象的な空気みたいな段階から、何かを作ってカタチにしていくわけだから、自分がどう意志を込めて形にするのか?創造力が問われますね」

中村 「クライアントから求められているものは何だろうって、いつも考えています。ある事についてよく知っている人、分析が得意な人とかは多い。でも実際にやったことある当事者をクライアントに連れて行くと説得力があって、一番スムーズに仕事が決まります。得意先が求めているのは、「良く知っていること」じゃなくて、「やったことある」だったりするんですよ。『いや、実際、僕15m上のガラス拭いたことあるんですよ』とか。これよりもっと特殊なことをやったことある人が社内にもいっぱいいる気がして、それが組織としての多様性であり、強みになると思う。もっと掘り出したいし、自分ならではの得意技をもった新人は大歓迎ですね。格闘技極めましたとか、広告に関係ないことも、必ずどこかで役に立ってきたりするんですよ」

創造力の先に見えてきたのは、動かす力。会社という境界を超え、相手とともに目的に向かう強い情熱が、まわりを巻き込んできた。

豊福 「上海での仕事は、日本と比べてクライアントとの人間関係が緊密でした。最後に、送別会で言われたのは、広告会社の見方が変わった、ということ。かなり自分たちの中枢にまで入ってきて、ビジネスパートナーとして信頼できたからこそ、広告やマーケティングだけじゃない、いろいろなことが頼めたと」

中村 「僕の場合は、クライアントと一緒に会社づくりの経験をしたことですね。僕は帰国後、クライアントに出向して2年半ほど仕事したんですが、そこで気づいたのは、両社の良いところを重ね合わせれば、もっと世の中を動かすチャレンジができるということ。だったら一緒に会社を作ったら何か遣り遂げられるんじゃないか、と」

豊福 「あれって、一緒に作ったんですか?」

中村 「一緒に。博報堂に戻ってからは、両社が資金を出し合ってジョイントベンチャーを立ち上げるため動きました。もちろん、クリアすべきことがいろいろあって、簡単には進みません。でも一つひとつ、関所を叩きながら、変えていきました。最終的には、本来の目論見から形を変えながらも、大きな目的は結実しました。僕の感覚でいうと、誰かが最初に動き出さないと、心が動く連鎖が起こらない。最初に会社作ろうって思ったときは、正直、僕だけの小さな想いだったかもしれません。でも必死でやっていくうちに、”こいつこんなに必死なんだからちょっとやってやるか”と共鳴してくれて。そこから動きが大きな渦となっていった」

豊福 「営業で大事なのは、キャラクターというより考える力です。『営業』っていう言葉を聞くとモノを売る人、と勘違いしてしまう人も多いと思います。アカウントプロデュースって、本当に戦略思考が求められるし、一番考えている人がリスペクトされる場所。中村さんのように、そこに人間力がついてきたら最強です!」

  • 01 苦労の多かったベトナムの展示会の終了後、共に頑張ってくれたスタッフをなぜか神輿担ぎで労う!

  • 02 豊福の上海駐在中に中村が業務で上海訪問。夜は上海屈指(?)のお洒落バーで、かつての仲間達も一緒に久々の再会!