• 博報堂 営業局
    アカウントディレクター
    2003年入社

  • 博報堂 統合プラニング局
    クリエイティブディレクター
    2003年入社

類まれなる発想力で、スタークリエイターとの呼び声も高い三浦竜郎。
その才能を誰よりも早く見出し、実現不可能とも思われる突飛な発想をまとめあげる萩原陽介の実現力。二つの異なる才能が起こす奇跡の数々。

萩原 「もともとアカウントプロデュース職志望だったんですが、入社に際してストラテジックプラニング職もやってみたいという気持ちも芽生えていたんです。ちょっと天狗発言ですが、大学時代に広告理論を専攻していたこともあり、戦略もできるかも、という根拠のない自信があったんです(笑)」

三浦 「僕は逆に、志望がすごく漠然としてました。当初は、大学院に進むことを考えていましたが、博報堂に内定が決まって。広告に関しては不勉強でしたが、周りから行くべき!という声もあり入社を決めた。面白そうな会社だな、という期待はありながらも、どんな職種があるのか、など具体的なことは実はあまり理解していませんでした(笑)」

そんな二人が入社前研修で出会った。

萩原 「2泊3日のグループワークだったと思います」

三浦 「百貨店が置かれている厳しい状況をどう打開するか、というお題です。そこで僕が提案したのが“百貨店を街のポータルにする”というアイデアでした。買い物のプロであると同時に、出店している街の盟主でもある百貨店の店員さんがお客様の相談に徹底的に答える。ときには“うちでは扱いがないですが、近くのお店にあるはずなのでご案内しますよ”と利益度外視で動く。店員さんの街のコンシェルジュ化です。そうすることで、まずはお客さんのトラフィックとブランドへの好意度が上がります。そこから徐々に売り上げも上がり、最終的にビジネスが成長するはずだ、という戦略です」

萩原 「2018年現在であれば“良い提案”として一考されるものだと思いますが、研修当時は2003年です。今から15年前ですからね。すごく新鮮で、僕の描くものの遥かに先を行くようなアイデアでした。7人のグループワークだったんですが、そのアイデアを面白がったのは僕ともうひとりだけ。そのときに思ったんです。三浦のアイデアの良さ、凄さがわからない人もいる。だったら、その良さを翻訳して、実現する人間が必要なんじゃないかと。自分たちと世の中やクライアントを繋ぐ人間、つまりアカウントプロデュース職になろうと決心したんです」

二人は入社し、それぞれのフィールドでキャリアを重ねた。

萩原 「ある競合プレゼンを、局長から“おまえが自由にやってみろ”と任されたんです。しかも競合相手は業界では最も有名なクリエイティブチーム。ベストを尽くしても、誰もが勝てるわけがないと思うような相手でした」

営業(アカウントプロデュース職)として試金石とも言える競合プレゼン。萩原は満を持して三浦を自らのプロジェクトに誘った。初めて出会った入社前研修から、10年の歳月が流れていた。

三浦 「萩原のキャリアにおいて真価が問われる、かなり大事なプレゼンだったと思います。本当だったら有名クリエイターで固めたチームをいくつか立ててもいい状況です。でも、萩原は僕しか使わない。“本当に俺でいいの?”って言いました。そうしたら萩原は、“いつかお前と組みたいって、研修のときから思っていた”と。嬉しかったですね」

萩原 「僕の中で何度もシミュレーションをしてみて、誰を投入すれば勝てるかと考えたとき、三浦だと思ったんです」

三浦 「プレゼン作業のとき、萩原がいろいろ質問してくれたんです。“これはどういうこと?”“そうか!じゃあこれはこう提案すれば実現するかも!”と。まるで競走馬と騎手のような関係でした。騎手の萩原がタイミングを見計らって“ここで行け!”と鞭を入れる。競走馬の僕は“じゃあ全力で行く!”と。自分のアイデアを磨いて、高めてくれる。そんな感覚でした」

そして三浦を擁する萩原は、大勝負に勝った。

萩原 「新しいことを仕掛ける時に、技術的、予算的に無理と言うことは簡単です。でも、僕は『ここから先は無理・NG』というオフサイドラインを、限界まで下げさせられるチームを作りたいんです」

三浦 「僕はクリエイターなので、常にクライアント、世の中に対して新しい提案や挑戦をし続けたいと思っています。ゴールに集中しているから、点が取れそうなチャンスがあれば急に飛び出したりする。その時に司令塔の萩原が、飛び出した僕をいち早く見つける。そして他のポジションに指示を出すんです。萩原はそんな風にゲーム全体を組み立てていく。一緒に仕事をしていると、萩原がオフサイドのギリギリのところまで僕のことを見てくれているのがよくわかるんです。一緒に新しいものを生み出したいという気概があるから、そのためにどうやったら形になるのか考えるし、骨を折ることを厭わない。だから僕も妥協はできません。僕は彼が作るチームにおける、ひとりのプレーヤーとしてパフォーマンスを最大限に発揮したいと思っています。決定力不足とか絶対言われたくないですから。そもそも、萩原が僕に持ってくる仕事は難しいものが多いんですよ。どうしたらいいんだ?と頭を抱えるものばかり。で、ひねり出すアイデアがおよそ実現不可能と思われるようなものになってしまう。僕は自分でアイデアを出しておきながら、面白いけど無理かもなぁと諦めそうになることもある。でも萩原は“面白い”と笑うんですよ。“大丈夫だ。片道切符で行ってくる。決めてくるから”とクライアントやコンテンツホルダーのもとへ出掛けて行って、本当に決めて帰ってくるので、驚かされることがあります。萩原は局面を読み切るのが本当にうまい。ここでこんな提案を持っていけば、周りがこのような反応になる、いける、大丈夫。というゲームの局面が全て見えている。頼もしいです。だから僕は自分のアイデアをフルに尽くして、精一杯走ることができるわけです」

萩原 「三浦にはCMとか、グラフィックみたいな枠に捉われない、見たことがないものを生み出せる力があります。入社前研修で抱いた“こんなやつには会ったことがない”という感覚を、いまだに抱かせてくれるんです。期待を裏切らないでいてくれる。たくさんのクリエイターと組みましたが、これだけワクワクするような発想を生み出せる人はそうはいません。15年前の自分の感覚を自画自賛したいですね。早々に三浦の力を見抜いた自分を」

三浦 「萩原と組んできて、仕事は大きくなる一方です。今ではクライアントの威信をかけた巨大プロジェクトもある。でも、繰り返しになりますが、大事なのは予算規模じゃなくて、そこに世の中への新しい提案や挑戦があるか、ないかだと思っています。僕一人では実現できないかもしれない挑戦も、萩原とだったらやりきる自信がある。彼がいるから、僕はクリエイターとしてもっと大胆になれるんです。一緒に腹をくくってくれますから(笑)」

萩原 「先輩後輩ではなく、師弟関係でもなく、同期が一緒に世の中を面白くしていく。こんな痛快なことはないですよ」

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